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「感染列島」観たぞなもし。


オサーン1号再び登板じゃ。

「感染列島」。
いつ行ってもレンタル中で、やっと借りたのら。

監督が瀬々敬久って、割りとインディーの
ミニシアター系専門の人で、確か恋愛ドラマとか
青春ものが多かった筈。
それが突然、なんでこんなパニック超大作??と思って、
ちょっと興味あったわけです。

・・半額でよかった・・(笑)。180円。
あんなもんでしょーか。日本映画。
すげーお金も掛かってるしなぁ。
何であんなに緊張感ないんだろ。画面に。
主役の二人、特に檀れいって、好きだけどなあ・・。
正直、二人ともミスキャストちゃうやろか。

導入の海外ロケも勿体無いなぁ・・。
養鶏場のインフル発生シーンも、何で
邦画って、「いきなり」事件が発生してるんだろ。
新しいゴジラシリーズとか、「亡国のイージス」なんかでも、
「いきなり」アクションが始まる。

場主が養鶏場に様子を見に行ったら、
まず一匹死んでて、見渡すといっぱい死んでて、
場主がパニくって飛んで戻る・・ってゆーような
シチュエーションの積み重ねを丁寧にやると
緊張感が出るんじゃねーの。

最初の患者はえげつない惨状で死ぬのに、
佐藤浩市とか檀れいとかは、「きれいに」死ぬ。
・・そんな訳ねーべ。
テレビドラマもそうだが、あまりにも
ウソ臭過ぎて見てらんねーのよ。

再放送してる地震の医療ドラマなんかも、
ウソ臭いわー(笑)・・・。

どーせ「ウソ」つくんだから、
「上手に」ウソついてくさい。

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本当に面白いもの。


オ、オサーンです。

落ち込んでます。

「本当の面白い」って、一体何だろう。
いっつも考えている。
あっという間に「オサーン」になった。

勿論、時々は、映画プロットくらいは
コンペに出すけど、やっぱり通らない。
自分の実力のなさだ、と思いつつも、
どうしても映画界やテレビ業界の
垣根を、なまじ「半端」に知ってしまっている分、
忸怩(じくじ、ね。)たる思いがある。

あの宮崎駿氏ですら、
「泥臭い」として、企画が通らず
苦しんだ時期があった、というが、
いや別に一緒くたにする気もないが、
少なくとも励みにはなる。
「もののけ姫」も、「トトロ」も、
泥臭いと排除されていたという。

それ程「先見」も「審美眼」もない
体質を否定できない。

通るプロットは、結局「ささやかな」話。
実際、映画化されるのもそんな話が殆ど。
エンターテイメントと言えば、
ごくせんとかルーキーズとか、元テレビドラマだったり、
漫画が原作だったりする。

演劇界も似たような「飽和状態」にある。

今まで、舞台では、「戦争」だの「核兵器」だの、
割りとヘビーな内容を、「娯楽」として
表現することに徹しては来たつもりだけど、

本当の「娯楽」とは、
やっぱり「ターミネーター」やら「寅さん」
やら「バックトゥザフューチャー」だったりするはずだ。
それは「理屈」じゃないはずなのだ。

現にレンタル100円デーなんかに行くと、
「バックトゥ・・」なんてごっつい過去作にも関わらず、
全作借りられてたりする。

みんな、待ってるんじゃん。
ハッピーでポップ、ちゃんとハートに響くもの。

来年辺り、この劇団で、そろそろ
初めて「笑い」に挑戦してみたい。

そして、映画を撮る「必然性」が、
生まれつつある。


ルルル~ン♪杏仁♪♪


20090725101018
こんにちわ、雪です。

私の地元にもいろんなお店が増えてきました!
気に入ったお店に何度も行ってしまう私は開拓がなかなか進みません(-_-;)

先日出会ったのが、

ジャァ~~~~~ン☆☆

『キラキラ杏仁豆腐』
お店のお姉さん手作り!

桂花酒を使ったジュレとスイカのサクサク感と杏仁の出会いがたまらへ~ん♪

お口の中がそりゃそりゃそらそりゃ、どエラいことになってまっせ~~

まさに☆☆

‥やめとこ(-д-)γ

これを作るなんてアンタは天才だーっ(>_<)

あの薬っぽい味が全然しない、それどころか、な、なんなんだ!このプリンを思わせるような絶妙な歯ごたえは!!

杏仁豆腐バンザイ!

お姉さん☆バンザイ!!

ついでに垂水バンザイ(笑)


台本読みに俄然、集中力が‥わくのか?
いや、わくんです!!


前テレビで斬新なCGが注目されている若手某映画監督が言っていた。

「食べるものを考えるのが面倒くさいから、毎食玄米とプロテインとか栄養剤入ったドリンク‥」

いか~ん!

食べものを体にとりこまないと、いいアイデアが浮かぶわけがない!映画なんてその人の血肉が染み出てくるものではないのかと思う!

五感を感じるのだ!!


さぁ、台本読みを切り上げ(ほんまに読んでたんかよ 笑)お姉さんが言ってくれた言葉は、

『チラシまた置きますからね』

うぉぉ~~(>_<)宣伝はよせな!!!

最近…


こんにちは藪内です。

最近、臓器移植法案の改正や殺人罪の時効廃止の検討など、個人的に「これはすごい事になるのでは?」と思う事が大きく動いている。
…が、解散選挙のニュースの影にそれらは埋もれてしまってる感があるのは残念で仕方がない。
もっとバランスよく報道してもらえたらなと思う。

そんな事を考えつつ古本屋をうろうろしてたら昔に好きだった漫画を見つけた。

小手川ゆあ作の「死刑囚042」だ。

この漫画は死刑制度の廃止を検討している政府がある実験を開始する。死刑囚024号=田嶋良平が脳の破壊活動を司る部位にあるチップを埋め込まれ、公立高校へとその実験のために派遣される話。彼の興奮が殺人を犯すほどに興奮すると、チップが爆発し脳を破壊してしまう。
そんな実験の中、死刑囚042号=田嶋良平の出会う人々や出来事が少しずつ彼に変化をもらたしていく…。

この漫画のラストが好きで、思わず手にとり立ち読みしてしまいました(^-^)。少し昔の漫画ですが、今検討されてる現実と少しだけリンクしたお話です。

マクドナルドトランスクォーターフォーマーパウンダーリベンジ。


オサーン1号でやんす。

昨日、娘が喜ぶかと思って、
滅多に行かないマクドナルドで夕食としました。
そう、「Wクォーターパウンダー」、
いっぺん食べてみたくって、家族で。

ほんで「びっくり」!
私、恥かしながら、「マクド」であんなにお金、
遣ったの初めてでした。
たけぇー!

ま、家族分なので当然なのですが、
それよりもまいったのは、
肉、肉、脂、脂、とにかく
コテコテ。

うんざりしつつ、
さすがは「アメリカ人、こんなの平気で食べるわけね」。
牛さん、いーっぱいブッ殺してもぐもぐ食うわけ。

思い出したのは、
「トランスフォーマー(リベンジ)」。
そっくりだわ。

見終わって思わず、
「・・・放っときましょ。こんなの。」
・・まーほんまに、暴力が大好きなのねー。
牛もいっぱい殺して食う!食う!
人もいっぱい死ぬ映画大好きねー。

邦画も、「GOEMON」だの何だの、
色々ハリウッドに負けじ、みたいな映画ばっか
作ってますが、

もう追いつけません。
てか、「追いつく必要なし(笑)」。
勝手にやって下さい。
クォーターパウンダーみたいなものですわ。
コテコテ。
・・げっぷ・・もう、よろしいわ・・・。

(補足。おもろない訳ではないでっせ。
人それぞれってことで。)

・・げっぷ。

と~きのな~がれに身~をまぁかせぇ~♪


こんにちは!
ツキミツです!
あっ 失敬!
ゲッコウ(月光)です!
(↑こんなん、いりまへんか!?(^∀^;) )


こんな私も今月でまた一歳大人になりますデス!アハっ☆

いい大人のはずの私。
団員は知ってるかも知れませんが、
活字が大嫌いで、本を読むのも嫌い!!
だったのデス。
(↑過去形にしてみました。だってこれはちょっと前までの私なんだもん!)


こんな私が、以前ブログを書き始めた頃にも紹介した事があるのですが、
団長の薦めでカツゼツ練習のために読み始めた新聞の天声人語。

これをきっかけに、いつの間にやら活字が嫌いじゃなくなり、
本屋で雑誌ばかり観ていた私が・・・

雑誌以外の本に興味を持ち!
立ち読みするようになり!
そして、その中には、素敵な言葉やメッセージがたくさん書かれている事に気付き!
感激し!
本を買っているのです!!

本当に奇跡!!

皆さんには、ふつ~な事かもしれませんが、昔の私にはありえません。

なぜ、もっと早くにこんな素敵な言葉達に出会おうとしなかったのか!?
と、やっとこの年で生まれた後悔です。

そして、この感激を是非!皆様にもお伝えしたい次第で、机に向かっております!


著書「ターシャ・テューダー最後のことば」

ta-say2


2008年6月18日。帰らぬ人となったターシャ・テューダー。
彼女の暮らしについて。
仕事について。
人生について。

ターシャの92年の生涯を締めくくるインタビュー集。

彼女は23歳で初めての絵本を出版。
その後も4人の子供たちの暮らしなど、美しい日々を描いた絵本を数多く発表。
庭や家の写真集でもよく知られ、
広大な庭と動物たちに囲まれ、自宅で逝去。享年92歳。


彼女が残した素敵なメッセージを、たくさん紹介したいところですが、
私が書きすぎるとせっかくのいい言葉がうすっへ゜らくなりそうなので、
まず!これだけ本から引用して紹介させて頂きます!


↓↓↓↓↓↓↓↓


『こんな言葉があります。

「Beauty is in the eye of the beholder」
(美はみるものの目に宿る)


私は、皆が、美しいものに囲まれるために、
一生懸命、庭に植物を植えたり、
なにか芸術作品を購入するべきだなどと言うつもりはありません。


ただ、皆さんに、


自分のまわりを美しい考えで満たし、
そして自分と親しい人々に対して愛と優しさのこもった行動をとることをおすすめします。


と。

これを読んだ時、心ズッキューンでした!!

これは、ものにあふれる現代に生きる私たちに、
とてもありがたいメッセージだと思うのです。

ものに恵まれすぎて(それは、すばらしい事ではあるけれど)、
かっこいい車、 素敵なアクセサリー・洋服、 おっきな家・・・・・・・。

目に映る‘見た目’を重視し、求める事がとても多いと思うのです。

もちろん、自分が素敵で美しいと思うものに囲まれる事で、
心が満たされて、重要な事ではあります。

ただそればかりを求めすぎて、
本当に美しくすべき事を見失わないように・・・。
と言われている気がしたのです。


自分の周りを美しい考え方で満たす事ができたなら、
どんだけ幸せなんだろうと思います。


もし、機会があれば是非読んでみてください。
私のようにビンビン感じて下さい♪
そして、写真もとても素敵なんです♪♪
ta-sya1


巣立ち・・・別れは突然やってくる。


出会いも突然でありましたが・・・
別れも突然やってきます。

ピーちゃんが今日、巣立ちました。

6月22日にピーちゃんをバイト先の前で出会い。
連れて歩いた1週間。
実家で1週間。
14日間を過ごし、15日目の今日に飛び立ちました。

別れは、今週だろうと覚悟はしていましたが・・・
やはり、部屋の中では、暗いし、狭いし・・・と、
チョコチョコ外に出していたのですが、なんだか、
自分に勢いをつけて、飛び立っていきました。

pi-cyan last

一昨日から、小鳥の鳴き声からの声変わりのように
ピィピィと鳴く声がすこし大人の声に変化していましたから、
やはり、巣立ちは近かったのです。
でも、今日初めて水を自分で飲んだりしたりしたところなので、
全く心配じゃないというと、やはり、心配です。

なんで、外に出しちゃったんだろう・・・などと人間の勝手な思いがあります。
ご飯食べれているだろうか・・・
ちゃんと寝る場所確保できているだろうか・・・
仲間に合流できたのかな・・・
どっかで力尽きてるんじゃないだろうか・・・

やっぱり、帰ってきてくれないだろうか。

・・・私って、ダメなやつだなと、少し思う時間もありました。

pi-cyan last2

でも、ピーちゃんが自分で、飛んでいったのです。
まだ、小さかったかもしれません。
自分で餌も取れるかどうかもわかりません。
でも、ピーちゃんが自分で飛んでいったので、
きっと、それは、そういうことなんだと思います。

pi-cyan last3
(↑飛び立つ直前のピーちゃんです。)

ピーちゃんは、実家の家を一周して、飛び立っていきました。
それは、『ありがとう』ってことなんだろうな。
と思います。

実家の近くでは、今日、全然見かけなかったツバメもいました。
ピーちゃんをまかせろ。と言わんばかりに普段、家の庭先になんて
飛んだ事のない大人のツバメが横切っていきました。

だから、大丈夫と思いたい。

驚くほど、賢いツバメだったと、親バカなりに思う。


5日目からバタバタとしており、
お知らせしてなかったのですが、
ツバメのリハビリ施設は、兵庫県には、無いのです。

野鳥を飼う事は、法律で禁止されています。

でも、保護して、必ず自然に放すという前提であれば、
電話で許可を得ることができます。
特に、書類のやり取りは必要ありませんでした。

5日目の初飛行からやはり、自由に飛べる環境をと、
6日目に実家に移動して、ツバメ部屋を作ってもらい、
家族総出で世話をしてもらい。

父は、虫取り網を購入して、ピーちゃんのために虫を捕り与え
母は、せっせと掃除をして、餌をやり、
弟は、土日に定時に餌をやり、

でも、ツバメ部屋のドアを開けるとピィピィを鳴きながら
こちらにヒュンと飛んできて指に止まる。

もちろん餌が欲しかったからだろうけど・・・
今まで、インコや鳥を飼ったことはあるけれど
あんなに愛嬌のある鳥は、初めてだった。

部屋にいると肩に止まり、足に止まり。
基本的には、あまり人間が触っちゃいけないってわかっていた
のですが・・・可愛すぎでした。

本当は、ダメなんですよね・・・
人間な勝手なかわいがり方です。

だから、私は、ちょっと後悔していることもあります。

今回は、色々と勉強になりました。
自分についても、家族への感謝や動物病院の親切な先生。
仲間が共感してくれたことや
愛護協会やその他諸々あらゆるところに問い合わせ、
親切に答えてくださった方々。

ツバメの育成について、いろんなブログをみさせていただきました。
勉強になりました。そして、安心することができました。
情報を善意で掲載してくださったことに感謝します。

産毛がとれて、飛べるようになり、自分で餌を突っついて
水を飲めるようになったピーちゃん。

やっぱり、自然から出会ったツバメです。
自然に帰るのもツバメでした。

私の勝手な行動や思いなのかもしれません。
でも、今は、もう祈ることです。

いつまでも、元気でいてほしいと願う。

仲間と出会い。
また、家族を作っていってほしいと思いました。

ああ、親って大変だな~
結局、心配ばかりで、行動は、本人次第なんだもの・・・

ピーちゃんとの出会いでいろんなことを考える。
そして、ピーちゃんのおかげで救われた事もあります。

毎日の成長が嬉しかった。
生きるってすごい事だと驚かされました。

この出会いに感謝して、
もう、たぶん出会うことのない別れに
寂しさを感じ、
でも、祈ることを知りました。

感謝です。

私も、また、頑張っていきたいと思えるのです。

では、では、この場をお借りしたこと
応援してくださった皆様、ありがとうございました。

ピーちゃんは無事巣立ちました。
このあとは、ピーちゃんの運です。
その運を私はただただ平穏無事なことを願います。

ありがとうございました。







方法論と現実の間にて創作することの難儀について。


オサーン1号である。

前回の団員が書いた日記にも通じることだが、
「意志表示」に限らず、「生き方」の問題として、
最近は非常に「生き難くなった」にゃーと思う。

みんなの間から、
「さりげなく」という言葉が消えていくような
気がしている。

つまり、「さりげない」という表現の方法自体、
「理解されない」ような精神的土壌が確立しつつ
あるように思うのだ。

かつて、神戸に「さりげなく」という名前の
JAZZ喫茶があったように、
テレビドラマの演出表現から
「さりげなさ」が淘汰されて行ったように、

この日本から、「さりげなく」が消えて行く。

舞台表現というのは、実は、
これを苦手とする。
「物理的」に「さりげなく」見せる、ということが
理にかなっていない。

例えば「視線の機微」で見せるだの、
囁くだの、指先の動きだの、
そんな「細かい」表現には原則として
不向きである。

とすると、いきおい「分りやすく」、
「あからさまな」表現にならざるを得ず、
時に「大げさ」になりがちだったりする。

ところが昨今のテレビドラマや、映画ですら
この方法論そのままを「映像」の中で平気で
やっている。
裏返せば、

「無神経」な演出が跋扈しているのが現実である。

受け手は、今やそんな表現に
完全に慣らされて、
「さりげなく」なんて忘却の彼方に
置いてきてしまったのだ。

その価値観は生活の中にも浸透して、
「さりげない」の奥ゆかしさなんかとても
理解できず、もっとスピーディに、もっと
分りやすく、が「基準」となった。

わたしは、「善意」を「行動」する時に、
「一抹の恥かしさ」を持って「躊躇する」、

そんな人をとても愛らしく思うのだ。


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