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目立ちたがり屋が嫌い


こんにちは、穂高岬です。
タイトルの通りです。最近気がつきました。目立ちたがり屋の人がちょっと苦手です。

あれ?でも俺、役者とかやっちゃって目立ちたがり屋なんじゃね?うわ、最悪…

いや、多分、僕は共感してほしいのだ。面白いことがあったとき、変なことがあったとき、むかつくことがあったとき
あの人とかあの人に話したくなるように
僕が感じている面白いことや、かっこいいこと、感動したことなんかを多くの人に共感してもらいたい。
だから、芝居をやっているのだ。

そういって、自分を納得させた。


そういえば、最近親知らずを抜きました。左のほっぺたが腫れてすごいことになってます。こぶとり爺さんみたいです。
ものすごく痛いんだけど、自分の顔がおもしろくて、何度も鏡を見てしまいます。

みんなにも見てもらいたいなぁ。
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# 書評 「居場所の社会学」



今日は最近読んで感銘を受けた本を紹介します。

居場所の社会学
阿部真大著『居場所の社会学-生きづらさを超えて-』日本経済新聞社、2011年

本著は幸せの定義に居場所の存在を掲げ、社会学的に考察したものである。筆者は幼少の頃から人間関係を構築するのがあまり得意でなく、また大学を卒業してしばらくはフリーターの時期もあった。そういった生きづらさを感じてきた経験があったからこそ、この本のテーマである生きづらさの正体について書くことができたのであろう。筆者の瑞々しい感性に平成生まれの私は大いに共感し、一気に読み終えてしまった。最近フジテレビが「若者たち」なんて題名のドラマを放送しているが、若者代表として意見を言わせてもらえるなら、全く「時代錯誤」という感じであった。今テレビを制作している感覚の古いオッサンたちには是非この本を読んでいただきたいものである。

 本書の問題式の出発点は、セーフティネットの確保において「物質的、金銭的側面も大切だが、居場所の問題も大切である」というものである。そして「居場所づくりの実践は社会的に排除された人々を再び社会の中に戻していく[社会的包摂]の実践である。」と考えている。この居場所の問題点とさらに、具体的な解決方法に取り組んでいる点だ本書の特筆すべき点である。

自分にとっての居場所が相手にとっての居場所ではなかった。相手にとっての居場所が自分にとっての居場所ではなかった。居場所がなくて恥ずかしかった。たくさんある居場所の中でどれが自分の居場所化分からなくなった。ひとつの居場所にはまりすぎて他が見えなくなった、将来の自分の居場所見えなかった。

今こういうことで悩んでいるひとには是非読んでほしい1冊である。

穂高 岬

オーラについて思うこと


お久しぶりの穂高岬です。上映会も終わって、ほっと一息。。
僕自身、サッカーが好きなもので、弟とともにこの1ヶ月はワールドカップで寝不足の日々が続いていました。

クラブチームの方がナショナルチームよりも連携の練習時間が長く、レベルが高いという意見もあります。
しかし、やはり国を背負って闘うナショナルチームのサッカーは、国の誇り、選手とサポーターのアイデンティティがむき出しになるため、そこに人間的なドラマが数多く生まれます。面白いんですよね~これが!

いや~ほんと楽しい1ヶ月だったな~

それだけに日本代表の成績は本当に残念でした。
日本代表の誤算は初戦で負けてしまったこと。引き分けなら、また結果は変わっていたかもしれない。

初戦のコートジボワ―ルとの1戦。相手は日本よりもFIFAランクが20位近く上位の格上の相手でしたが、前半16分、日本はエース本田の得点で先制しゲームを有利に進めていました
しかし、後半17分コートジボワールがエース、ドログバを投入した直後、日本の守備陣は崩され2分間で2失点。この2失点が響き日本は2-1で敗れました。

解説者はドログバにやられた試合だったとぼやきました。

しかしドログバが直接得点に絡んだわけではなかったのです。日本代表はドログバの存在感、オーラにやられたという感じでした。ドログバを気にするあまり、他の選手へのマークが甘くなり失点を許してしまいました。

僕はオーラという言葉があまり好きではありません。それがどういうものか感覚では理解できても納得する言葉が見つからないからです。しかし、演技者としてオーラ、存在感というものについて考えないわけにはいきません。

ドログバは世界最高峯のイングランドプレミアリーグでプレーをし、そこで2度も得点王になったこともある選手です。
しかし、年齢が36歳ということもあり、プレーに全盛期ほどのキレはなく今大会でもスタメンを外れていました。
つまり、現時点の実力的にはそれほど恐れるべき選手ではなかったはずなのです!

ドログバが出てきたとき、僕と弟はテレビの前で「うわ、ドログバ来た!」と互いに目を合わせました。
日本代表の選手たちも心なしか、ドログバの存在にビビっているように見えました。

しかし、母は「この人すごいん?」と僕と弟に聞いてきました。母はサッカーをワールドカップくらいでしか見ないのでドログバのすごさを知らなかったのです。

オーラ、存在感というのは受け手、受信者に大きく依存するものなのだなと思いました。

サッカー好きならドログバという選手を知らない人はいない。それはもちろん選手もそうでしょう。その「ドログバはすごい選手だ」という受け手の先入観が存在感となった。
ここに「存在感」へのヒントが隠れているとは思いませんか?

オーラ、存在感、空気感の正体について思うことはまだまだ沢山ありますが、今日はここまで。みなさま、よい1日を!

7月6日(日)。


雪です❄︎


先日は
吹奏楽団せせらぎさんのコンサートで京都に。

あいにくの雨でしたが
キラキラした雨粒が体の熱を冷ましてくれるみたい・・・☆*


生の音を肌で感じることってやっぱり大事だなと痛感しました。

それぞれの弾き手の想いやエネルギーが空気を通して伝わってきて。

ああ、この瞬間に出会えてよかったなと思って

ひとつの舞台を観ているようで

おんなじなんだなと実感しました。


「ロミオとジュリエット」の
「what is a youth?」

大好きな曲で
女性の方のソロパートがなんとも切なくて、一番印象的でした。


なかなかなハードスケジュールでしたが

来てよかったな

とほんとに思いました!
それが一番ですよね♪

K村さん、素敵な時間をありがとうございました。

ますますのご活躍を楽しみにしております。


そして…負けませんよ!(笑)☃

緊急告知!(こればっかり・・笑)NAOKORIN


naokorin.jpg

NAOKORINは、いつもお世話になってる
(ってか、3月のアートビレッジでは共演いただいたwood noteさん)

のお二人が定期的に出演する
「のらまるカフェ」でお会いした、
とってもキュートなお姉さま。

変幻自在に「テルミン」(わっかるかな~わっかんねえだろーなー)
を操る不思議な女性でございます。
彼女が今回は、写真展を開く、とのことで、

最終日には、今回はそのwood note としてではなく、
別ユニット「アラキオサム」(人の名前じゃん!と思ったらバンド名だそう!爆)
として、カフォンを叩いてた唯井さんが参加!

当劇団としても応援せぬわけにまいりません。
てなわけで、NAOKORINの初個展とライブのひと時、
湊川公園へ急げ!

ちょと写真が分かりにくいに付き、

場所は新開地商店街
YUME NOMAD 
(078-576-1818)

「うどん屋とスリーセブンの間の小路を入り、
立小便禁止と書かれた角(笑)を曲がる」
MAP→http://yumenomad.com/access/
7月10~13日 14:00~21:00
13日(日)16:00~(上記)クロージングライブ

あっ!入場無料になっとるぞ?!


おさーんでした!

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